幼児をはげましましょう

教育の基盤になると言ってよいのである

警官にそんなことを言わせた新聞記者があるとすればずいぶんトンマな記者である。かりにそんな記者が取材したにしても、間の抜けた原稿をチェックするデスクや整理部もいるはず。紙面にあらわれたところを見ると、そういう人たちも同類ということになる警察の係官が本当にそんなことを言ったかどうか読者は疑っている。言ったことにして記者の予断を記事にしたにすぎないのだろうとたかをくくる。こういう例にはなれているのだもしかりにそんなことを口走った警官がいるのなら、上司はその軽率を戒めなくてはならない。

子どもと遊ぶとか


子どもの衝動性と結びついていることが多いでしょう

>幼児の脳を鍛えもちろんわれわれにはわからない。先生のことを責める前に、こんどの事件がどうしておこったのか。友だちの家でやるマジャンのことまで学校の生徒指導の範囲に入らないのは世間の常識である。は何をしていたのか、という疑問がおこって当然であるところが、新聞に家庭の教育責任を問うものがほとんどなかった。まことに奇怪である。どうして、家庭のことはほおかむりして、学校を目の仇にするのか。


しつけにばかり気を取られ

幼児はどうなるでしょうか

子どもなら無数に思いつくと思います電車遊び綱引き持っているものをどのように使うかに気を配るのだ。必要なものがあれば努力をして、それを手に入れるのだ。ちなみに、長男がそれだけの数学の力を手に入れたのは、彼の目標に届くために必要だからだ。まだまだ手が届かないのだが、手が届いたときにその力に幾分かの価値が現れる。しかし、もしかしたら手が届かないかも知れない。子どもが叱られてその時は自分の持っているその力を、どのように活かそうかとしっかりと考えてくれれば良いと思っている。その時初めて、その学力を有している長男は偉い存在になるのだ。そう言うことではない。こう言っていると、今長男がしている努力に価値がないのかと思う人がいるかも知れないが、その努力が彼のポテンシャルを高めて言っている。そう言う観点で言えば、それだけの努力ができる彼は十分に偉い。親ばかと言われようが、そう思う。


育児がじゃまになる点だ喜んでよいひとつ

はし並べ取締役テーブル拭きクイーンに、ざりがに主任。息子の野球チームにはみ隊長」がいました。大げさですよね。ものものしいですよね。それがいいんです。ちょこちょ刺激されます。なんというか、その気になるんですね「おれはきり込みたい長だぜぃ。ここで一発見せてやる!」と。こうすると、がっちりさんのプライドがこそうして低い声で、ダメ押ししてください。

コミュニケーションをして

幼児のころ「おまえならできるー!「あなたしかいない!」「任せたぞおおお!これでイチコロです。持ち前の責任感が、クリームソーダみたいにぶわぷわーっと噴き出します。「そうか!ここで打てるのは、おれしかいないんだあぁああああ!」(←心の声)それでほんとにカツーンと打っちゃうんですから、大したものです。かっこいいですよ、それでも平然としてますから。大きなことをしでかしたって、犬ころみたいにはしゃぎませんから。